MarchReport

世界一周１４日間　（2001/3/16--3/29）

　　　　てしま・ゆうろう　（手島佑郎）

［　旅行客激減のイスラエル　］

　３月１６日朝、成田を発ってルフトハンザ機でフランクフルト経由でテルアビブへ飛んだ。

　テルアビブ空港に降り立ってみて、観光客が激減しているのに驚いた。いつもは観光客でごった返している入国審査ロビーが閑散としている。空港からエルサレムへ向かうハイウェイも車がない。昨年９月末以来つづいているパレスチナとの抗争の影響で、大半の観光客がイスラエル行きを敬遠しているのだ。

　エルサレムで定宿にしているインバール（旧ラロム）ホテルも、稼働率４８％と大苦戦している。ヒルトンなどは３０％だという。米国からのユダヤ人も含めて一般の観光客が激減している。

　ところが、シェラトンホテルだけは稼働率８０％なのである。というのは、グラッツ・コーシャというユダヤ教の戒律に最も厳格な食事を提供しているからである。これはユダヤ教の伝統を厳格に遵守するタカ派の観光客がさほど減っていないことを暗示している。

［　イスラエルの問題　］

　いまイスラエルが直面している問題は何か。エルサレム滞在中はそればかり考えていた。

　結論から申すと、イスラエルのユダヤ人の少数派である宗教派の政治参入化とタカ派化、大多数のはずのハト派であった一般市民の政治無関心化である。

　シオニズムの理想に燃えていた４０年前は、一般市民が政治を支えていた。宗教派は政治に無関心であった。それ逆転し、いわばイスラエルもユダヤ教原理主義者が猛威を振るいはじめたのである。その象徴として、首相公選ではタカ派のシャロンが選ばれた。ただし、これは現状解決の切り札として選ばれたのではなく、現状をより悪化させないための応急処置として選ばれたにすぎない。

　政治に無関心になった市民の多くは、安息日になると車でレジャーに出かける。テルアビブの海岸などは終日どころか夜を徹して六本木なみの大賑わいである。アラブ料理店が軒を連ねるエルサレム近郊のパレスチナ人のアブゴーシュ村などは、ユダヤ人のレジャー客と車で大混雑であった。彼らの関心はイスラエル国家の存続よりも現在の享楽の存続である。

［　パレスチナ人との問題　］

　レジャーを楽しめる大部分のユダヤ人の経済的繁栄と余裕。そのユダヤ人を相手に商売をし利益を蓄積する一部のパレスチナ人富裕層。対照的に、建設作業やウェイター等もっぱら３Ｋの仕事をこなす大多数のパレスチナ民衆。この貧富の２極対照がイスラエル国内の政治的不安定をかもしだす。　　

　それでも、イスラエル国内のパレスチナ人の失業率は７％前後で、ユダヤ人の１０％よりはましである。というよりも、ユダヤ人のように職の善し悪しを問わないで仕事するので、パレスチナ人のほうが就業率が高いのである。仕事の選択で文句を言っているユダヤ人は、米国へ流出したり、日本で露天商をしに来たり、その解決は様々である。

　問題は、パレスチナ自治区のパレスチナ人である。現在パレスチナ自治区の貿易輸出、というよりも外貨獲得手段は、その７８％がイスラエルへの出稼ぎに依存している。周辺のアラブ諸国への輸出は２０％にも満たない。自治区内での経済といえば、ほとんど物々交換に近い。彼らから見ると、ユダヤ人と共存できているイスラエル国内のパレスチナ人さえも妬ましい。

　こうした貧富の４重構造的隔差：富めるユダヤ人とパレスチナ人、貧しいユダヤ人、貧しいが職のあるパレスチナ人、そして職もないパレスチナ人、この４グループの葛藤がパレスチナ・イスラエル問題をいっそう複雑にしているのである。

［　手際よい爆発物処理　］

　イスラエル滞在中に、今回はちょっとした爆弾事件に遭遇した。といっても結果は人畜無害、誰も何も被害はなかった。

　３月１９日の夕方、エルサレムの中心部を歩いていると、けたたましく２台の警察ジープが駆け込み、あっと言う間もなく目の前の道路４車線を封鎖し、通行人も車も排除した。そこへ３台目の車が到着し、すぐに爆弾処理班とおぼしきチームが街路樹のかげに入っていった。２～３分後に大音響とともに街路樹の向こうで爆弾が炸裂した。それで終わりであった。すぐに通行は再開された。人々は何事もなかったかのように、通行再開していた。

　街路樹の蔭まで近寄ってみると、不審なトランク２個が放置されており、その１個が爆弾処理班によって爆破されていた。物見高くトランクを見に行ったのは筆者だけであった。手ぎわよい爆発物処理にあっけなかった。あのトランクは、ただの放置物だったのかもしれない。あるいはゴミとして捨てられていたのかもしれない。だが、そういう不審物があると、すぐに誰かが通報し、すぐに処理してしまう体制が、あの国には出来ている。イスラエルはある面では常に危険と背中あわせで過ごしている。こういう国ならではの危機管理の迅速な対応の一面を見学できた。

　この爆発物処理は新聞記事にさえならなかった。

［　ユダヤ人の士気低下　］

　とはいえ、タカ派のシャロンになって抗争が鎮静するどころか、激化するばかりである。自治区内のヘブロンの入植ユダヤ人８０人を守るために、警備兵２０００人を配置するという有り様である。

　解決のきざしが見えない抗争に、今回ばかりはいささかイスラエルのユダヤ人たちも士気低下をきたしていた。こうなると、普段は強気のユダヤ人たちにも消極的な発言が目立ってくる。

　３月２０日、エルサレムから北部のベテシャン国境を越えヨルダンに入ろうとした。ふつうはヨルダン渓谷のハイウェイを通って北へむかう。するとユダヤ人の友人が警告してきた。あのハイウェイは自治区に沿っているから危ない。西のテルアビブ経由で遠回りをすべきだと。　　

　この警告を筆者のタクシー運転手アフマッドに伝えた。彼はパレスチナ人である。筆者はいつもエルサレム滞在中は彼に運転を頼む。彼と一緒だと、パレスチナ地区にも安心して立ち入れるからである。アフマッドはこう答えた。「私だって自分が危険なところには行こうと思わない。だが、今のところ渓谷沿いのハイウェイに危険が予想されるとは聞いていない。大丈夫ですよ。渓谷を通って北へ行きましょう」

　我々はヨルダン渓谷に沿って北上し、ベテシャン国境まで行った。何事もなかった。

　怯えはじめると枯れ尾花さえも幽霊に見えてくる。そして不必要に疑心暗鬼しはじめる。こういう時は、少数派とはいえ動じていない者の意見を聞くほうが、客観的でしかも確かなのである。

［　国境にて　］

　イスラエルとヨルダンを結ぶ通過国境は３か所ある。北のベテシャンと南のアカバ、これは主に個人客用の国境。中央部のエリコは団体客用。その他、パレスチナ自治区とヨルダンとの間の農産物を運ぶためのアダム検問所がある。

　昨年同じ３月に訪問した時と比べると、これまた通過客はずっと少ない。それでも１５分毎の国境通過バスに乗客が数人ずついる。国交断絶よりは、僅かでも交流があるほうが将来の平和を期待できる。

　この北部国境でイスラエル・ヨルダン両国をむすぶシェイク・フセイン橋は、日本の援助で新しい橋の工事が進んでいる。だが、両国民ともそんなことは露ほども意識していない。ヨルダンでは、国王がこの橋の建設をしているのだと国民は得意がっていた。この他にも日本からの経済援助で幾つものインフラ整備が図られているのだが、ヨルダン国民は殆どそんなことは知らない。

［　ヨルダンにて　］

　ヨルダン滞在の４日間に最も強く感じたのは、失業率がかれこれ５０％だというのに、この国は非常に活気に満ちていることであった。産業活動の点ではとうていイスラエルに及ばないのだが、人々の活気という点では、イスラエルよりまさっていたかもしれない。

　一つには、目下イスラエルよりも治安が良いせいかもしれない。失業率が高いから、人々は真剣に生活手段を探し、確保しようとしている。そこに活気の源泉がある。

　ヨルダン訪問は今回で５回目。ようやくこの国に馴れてきた。この国の人々との交際の仕方も幾分わかってきた。まだ筆者のアラビア語は十分でないので、もっぱら英語での会話である。

　何か物事を頼むと、すぐに「No problem!　問題ない、大丈夫だ」という返事が戻ってくる。それでいて、詳細にわたって詰めると、ずさんそのもの。殆ど何も出来ていない。場当たり式に解決していくケースが多い。大雑把が原則、それで最後に満足できれば可とするという考えなのである。

　当然のことながら、一般に時間もそれほど厳格でない。役所や銀行は別として、通常の約束だと３０分前後の遅延は許容範囲内である。イスラエルでは５～１０分の遅刻はしょっちゅうであるのに、逆に人々はせっかちである。だがヨルダンでは１時間以上遅れなければ遅刻にならない。悠々せまらず、何事もシュワイヤ・シュワイヤ、ゆっくり・ゆっくり進める。おかげで、最近は筆者もすこし気長になったようだ。

［ヨルダンにおける貧富の差］

　失業率が５０％だという国なのに、それでも近隣の国々よりは生活水準が高い向きがあるのか、イラクやシリアからヨルダンに出稼ぎに来ている者がいる。とりわけアンマンへの出稼ぎ者が多い。

　ヨルダンでまあまあ普通の生活の家庭の月収が２００～３００ディナール、日本円で約４～６万円。これはイスラエル国内のパレスチナ人の月収とほぼ同じである（自治区のパレスチナ人の月収はもっと低い）。貧しい家庭では月収が１５０ディナールにも届かない。

　ヨルダン国民でも地方の人々はアンマンへの就職を強く希望する。ということは、アンマンには金持ちが大勢住んでおり、仕事のみならず、栄達のチャンスもあるからである。

　アンマンの特権階級や金持ちの家には車が２～３台、それにプールがある。水が貴重品のヨルダンでは、プールを所有することこそ富の最大の象徴なのである。庶民の家庭では水道が１日おきに断水するというのにである。　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　メルセデスベンツが勲章代わりに贈与されるのも、アラブ諸国の共通文化らしい。筆者の知人で旅行会社社長のアリ氏は、ヨルダンとイスラエルの観光促進に功績があったという理由で、故フセイン国王からベンツを貰った。パレスチナ出身の国会議員ハムド氏は、なんとフセイン国王からも、アラファト議長からもベンツを貰っている。だが本人は高級車を乗り回すのは不本意だといって、韓国製の現代に乗っている。

　外国からの援助に頼っているＰＬＯやヨルダンである。きっと援助金の一部がこうした物品による人心掌握術に化けているに相違ない。

［　アラブ諸国の問題　］

　根本的には解決されない貧富の差。これがアラブ諸国各国の現状なのである。

　この現状は幾世紀も続いてきた。石油が出るようになって、いっそう拡大した。そこに蓄積されるのは富でなくて、貧しい民衆の不満である。

　そうした民衆の不満はイスラム原理主義に救いと解放を求める。イラン革命はこれによって成功した。だが、今度はイスラム聖職者という特権階級を生み出し、また堂々巡りしはじめている。

　イスラム原理主義はエジプト、アルジェリア、レバノン、パレスチナで勢力を誇っているのも、それだけ貧富の隔差があるという逆の証拠なのである。これは、こうした国々の政治的不安をも象徴している。　　今回３月２７～２８日とアンマンでアラブ首脳会議が開催されたが、結局のところ、行動力をともなう全会一致の決定など何も出せなかった。その背景には、各国の国内事情の脆弱さがある。ＰＬＯに経済支援する前に、まず自国民の福祉拡充のほうが優先なのだ。

　それに、イラク代表を首脳会議に招いたことで、サウジアラビアとクウェイトは不快感を露にした。とりわけサウジは首脳会議への代表をアブドラ皇太子ではなく国防相のスルタン王子に格下げした。これによって、開催国ヨルダンの面目は丸つぶれになった。老獪なサウジ国王が若くまだ未経験のヨルダン国王のスタンドプレイを牽制したわけである。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

［　酒を飲むサウジアラビア人　］

　アンマン空港でパレスチナ出身の石油技術者ハリド氏と知り合った。彼はなかなかうがった物の見方をしていた。彼によると、中東の平和は必ず来る。但し、それは軍事力に頼むシャロンが失敗し、イスラエルがいっそうの譲歩をせざるを得なくなってからだ。５年以内にそういう事態になろう。

　はたして中東情勢が同氏のいう通りに進展するかどうかは、大いに疑問である。だが、今や武力によって解決できる状態でないことも明白である。その意味では、イスラエルが挫折を味わい、ある程度の謙虚さを示すことも必要かもしれない。

　ハリド氏は空港のロビーでウィスキーを痛飲していた。彼の話では、サウジやクウェートの上流の人々もじつは大酒飲みなのだという。

　日本からのビジネスマンは、彼らと酒が飲める交際をしないから、結局アラビア石油のケースように、彼らに手玉に取られてしまう。もっと本気で彼らの懐に入らなければ、アラブでは上手く仕事はできない。そう彼は教えてくれた。今度ハリド氏が来日したら、一緒に飲もうと約束をした。

［　米国は島国　］

　エルサレムは気温２４度であった。ヨルダン渓谷は３２度、アンマンは２８度から２度への激変、そしてニューヨークに来ると零下５度で吹雪いていた。

　今回の旅で、最も国際性に欠けていると筆者の目に映ったのはアメリカであった。

　もとより米国には様々の国から様々の人々や文物が流入し流出している。だが、米国でテレビニュースを見るかぎりにおいて、米国人の目は専ら米国の事件に注がれ、米国人の関心はもっぱら米国の利害に集中している。外国の事件にはほんの僅かしか触れない。

　イスラエルでは、ヨーロッパと米国に目が向いていた。ヨルダンではヨーロッパと周辺アラブ諸国に目が向いていた。イスラエルでは、マケドニア紛争にニュースの多くの時間が当てられていた。ヨルダンでは英国の口蹄病をも大きく取り上げていた。これはヨルダンでは羊の牧畜が盛んだからでもあった。

　だが、米国では殆どのニュースが米国の事件であった。その点で、米国はおおきな島国なのだなあという印象を深くした。

　同様に、日本でも殆どの事件が日本のことばかりである。その次に比重が大きいのは米国経済の記事である。だが、米国内の事件は校内暴力など特殊なものを除いて、日本で報道されることは滅多にない。

　イスラエルやヨルダンに行ってみて、はじめてマケドニア紛争の重大さ、口蹄病の深刻さに気づいた。事件の報道の仕方が日本と違って、ひじょうに詳細を極めていた。

　ニュースの偏りの傾向から判断すると、自給自足できている国には国際化は無縁なのである。自給自足できていない国は、どんどん国際化を進め、国際的見地から自国のあり方のバランスを考え、微妙な舵の取り方にも気を使う。

［　違って当り前だからこそ　］　

　タルムードはいう。「創造主がすべての人の姿と知性と声をちがって造った」と。人はみな声、顔、頭脳の点で違っているからこそ、お互いの相違を尊重しなければならない。これを特定の一人の主張に服従させたり、ワンパターンの行動を強要したり、ましてや特定の思想に洗脳したりしてはいけないのである。

　各人の多様性を認めつつ、いかにして共存共栄するか。それが人類に問われているのではないか。

　今回の旅で出会った人々はユダヤ人のリベラル派も、タカ派も、パレスチナ人の進歩派も、フェダイーン（ＰＬＯ過激派）出身のパレスチナ人も、皆が「お前と一緒なら他の意見が違う者とも呉越同舟して、ヨルダンのザルカ渓谷へ行ってみたい」と語っていた。

　平和への道は権利の主張から始まるのではない。違う見解、違う主張があることを認めた上で、共存しようとの対話をするところから繁栄ヘの一歩が踏みだされるのである。　　

Jacob Y. Teshima,［手島佑郎］all the copy rights reserved, � 2001

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